レスキューキッチンの新しい釜がきた!

四月七日  晴れ


今日は、南三陸町にて、昨日から拠点となった場所にて炊き出し。

地元の人で手伝ってくれてる人も、徐々に増えて、いい交流場所になっています。南三陸町のいろんな地区からの人がレスキューキッチンの炊き出しを食べにきてくれてます。

拠点となってる食材庫は、運動会用テント一張りなので、食材は、いっぱいです。集めるのは、しばらくいいかと思います。
また、最近気温も高くなっています。電気、ガス、水道が復旧してない場所なので、食材の保存には、きをつかいます。

今日は、兼ねてから念願だったレスキューキッチンの釜を購入することが出来て、やっと届きました。

ハーフ鍋二つと、ご飯釜二つ、外釜。
これで、すぐに、洗い替えをせずに、次の炊く米を用意して、すぐに、炊けたり、メニューも豊富になります。

今日は、昼は、ラーメン300食。

夜は、こちらの拠点と、歌津中学校の二箇所。各250食。

二箇所、同時に炊き出しをしました。
無理と思ったら、何もできない。

チームやんじーテントの方は、ニセコのみなさんが手づくりで、真空パックにしてくれたシャケのカツに、唐揚げ。
魚は、久しぶりで、みなさん大変喜ばれました。

ご飯に、じゃがいも味噌汁、鮭カツ、サラダ、バナナのメニュー。栄養満点です。

炊き出しを食べにきてくれてる人たちも、日に日に、顔の表情が豊かになってるように思います。

瓦礫の片付けやいっぱいの現実を背負っているけど、ここのご飯を食べにきてくれて、笑顔が増えることは、大変嬉しいことです。
同時進行で、夕方の避難所の中学校での炊き出しも、準備をすすめていく。

野菜も、多めに切り、昼と夜用に袋わけする。
ご飯を早めに炊き、保温機でセットして、すぐに、味噌汁づくりをした後、
ラーメン用に、レスキューキッチンを中学校の方にもっていく。

夕方は、メンバー半分ずつに別れて炊き出しをする。
メンバーも、淡々と、やるべきことを精一杯している。

お手伝いをしてくれてる若者たちは、配膳や洗い物など、テキパキこなしている。

何度か同じところに炊き出しをしてると顔なじみも沢山できてくる。

避難所になってる歌津中学校では、最初600人いたが、半分の人数になっている。
家が流されなかった人も、少しずつ家に戻ってるようだ。
ラーメン隊のメンバーによると、手づくりの看板を作ってくれ、大歓迎だったそうだ。

以前、じつは、当初、ここの避難所は、炊き出しすることを断られた経緯がある。
日を追うごとに、少しずつ避難所の方も、ゆとりが出てきたのと、口コミで、チームやんじー炊き出し部隊も、あちこちで炊き出ししてて、地域に馴染んできてるのだろう。

子どもたちは、長沼からいただいた子ども用の付録を選ぶのを楽しみにしている。


ここ二三日、お手伝いしてくれたゆうやくん。明日から本州の大学にいくのに引っ越しをする。

帰りがけ、手作りのミサンガと手紙を私たちに渡してくれた。多分、私たちの炊き出しのお手伝いの後、合間をぬって、一生懸命作ってくれてたんだろう。

夜、23時ごろ、クルマで寝てると激しい揺れがあった。津波警報が出た。
3.11の地震の余震のようだ。

周りの家の方たちも、懐中電灯をもって、外にでてきた。怖いと思う。

比較的高台なので、じっと、ラジオの情報を聞き入る。
私たちも、まだまだ、油断はできない。

下の写真は、ミサンガをくれたゆうやくんに、そっとチームやんじーに、渡された手紙です。

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