12月4日(火) 雷、大雨のちくもり
4日の明け方、秋田で震度4があった時、南三陸町は、 大雨洪水警報。
車の中から聞こえる雨音は、氷の固まりが降ってるような音。ひょうだったかもしれない。
それに加えて、雷もひどかった。
海から離れた場所で寝泊まりしていたものの、水が流れてたらしい。
朝方、雨足は弱まり、外をみると、夜中から車を走らせてきた、災害救援ネットワーク埼玉のトラックがあった。
久しぶりの松島さんと再会。
松島さんは、あおぞら食堂が閉店となり、大きな機材を気仙沼に運ぶために来たとのこと。
あおぞら食堂の店主椎葉さんとやんじー、松島さんと。
ファミリーマート升沢の炊き出しから進化して開店したあおぞら食堂。
20日で閉店となった。
店主の椎葉さんお疲れ様でした。
海から水が流れこんでる箇所もしばしば。
雨が降りつづけていれば危険だったかもしれない。
南三陸を後にして仙台へ。
フードバンク仙台の拠点など訪ねたり、打ち合わせ。
何人かの人に逢う。
怪我、事故なく、無事に物資を配りおえたので、仙台の青葉神社に報告がてらお参りにいきました。
その時、宮司さんともしばし歓談。
自ら行動して、次のステップに進んでる人、スタートを切ろうとしてる人、いろんな方がいた。
ある方と、お話しした中で、平等という話しが出てきた。
物資を震災後にすぐ行政に持っていった時、行政は、例えば10人いて、八個しか物資がなかったら平等性に欠けるといい、配らずにおいておくという。しかし、時間はどんどん過ぎるし、今すぐにでも困ってる人がいる。
そんな場面が多々あったとのこと。
平等ってなんだろう?という話しがあった。
私たちも、そんなもどかしい様子を横目に、どんどん展開していったものだ。別に行政の批判をする訳ではないが、、
平等とか心配する前に、配ったときの住民の方の様子をみていただきたい。
今回、南三陸にて、配ってる様子。
夜になり声をかけて、寒空の下出てきて下さった。
誰が米がたくさん必要で、誰が仏画が必要で、住民の方は、自然と分け合ってる姿みられます。
いっぽう、他の地区では、大きな仮設住宅には物資があたっている。津波時に、家が流された人(今仮設住宅の人)を受け入れて、自分の着るものやら食べるものやら、いろいろ分けてあげたりした家、家が流されなかった人のところには、物資があまり届いてない。
家があるからということで、仮設住宅などには気がひけて行くことが出来ない。また、仮設住宅でいっぱい物資があたってる人は、津波時、いろいろ助けてもらったにも関わらず、家があるからということで分け合わない。
かたや、そんな地区もある。
本当に、本当に大切にするべき心、支えあう心、一方、欲が剥き出しの心、醜さなど、いろいろ見せられる思いです。
夜、瓦礫が撤去され、雑草が生えている基礎だけ残った場所をみると、月の光は平等に降り注いでます。
また、太陽は、雲に隠れても、平等に光は放ってます。
自ら(みずから)の心しだいで、目の前にある出来事に対して行動が問われるのです。
私自身も、いろんな場面に遭遇し、人生勉強だと思ってます。
今日は、フェリー乗り場にて車泊。
明日のフェリーで北海道です。
文、写真 アグネス