3月11日で東日本大震災から2年

3月11日で東日本大震災から2年。月日は無常にも過ぎていきます。
この日が近づくと胸が詰まる思いで、なかなか文章にまとまらずにいます。
たどたどしい文章かもしれませんが、つづっていこうと思います。

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震災から2年になりますが、災害ボランティア35年、いろんな災害現場、復興の過程を見てきた代表のやんじーがいうには、1年でだいたい公営住宅など建っていなきゃならないのにと言っております。

現地は、公営住宅の建つ目処もたたずに、今だ仮設住宅で暮らしている方、また、奥地で車など、移動手段なく、ひっそりと暮らしている老人の方々、子どもさんがおられる方など暮らしておられます。

代表のやんじーは1回1回の期間は短いけれど、時間を見つけて、毎月、東北に足を運んでいます。
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私は、昨年の末に東北の方に行きました。仏画を配ったり、お米を配らせていただきました。
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いろんな方のお話しも伺うことができました。
2間の部屋の仮設住宅で布団がひきっぱなしの部屋にて、家族4人暮らしている方。
あがっていきなさいということで、2時間近く話し込みました。
そこは、5人暮らしのお宅でした。
おばあちゃん、お母さん、兄弟二人。いろいろお話する中で、やはり閉塞感を感じました。
ご近所とのつきあい。また、ついつい狭い空間で、気も抜けず、子どもさんに対して口うるさくなること。将来への見えない不安。現実への不安。いっぱいいっぱい言葉があふれてきました。
話を聴いてく中で、笑顔があったのがせめてもの救いでした。

そのような例はたくさんあります。
また、たった二人でひっそりと山奥の便の悪いところに住んでいる老夫婦。
隣に寝ているものと思っていたら、ある日突然いのちを絶った人。
地区の人が、心のよりどころにしていたお寺の住職さんの自殺。生き残ったいのちを粗末にしてはならないよ。とみなに説法し、諭していた元気な方でした。みなさんショックだったと思います。

また、こういうこともありました。石巻市沿岸部に行ったときのこと。すぐ近くに瓦礫の山があり、そのすぐそばに仮設住宅の一画。ずっと足を運んでいる南三陸町の方では見られない光景でした。
私は、そこの場所の近くにいくと咳がぜんそくのように止まらなくなりました。
とてもそこの場所にはずっといれなくて、震災後初めてやんじーに言いました。
「この近辺はずっといれないから、とにかくこの場所から離れよう」
フクシマと一括りにされていますが、放射能だけでなく水に溶けだした重金属や化学物質も、そのような瓦礫や水にも含まれているんだと思います。水は、世界中に流れて広がったり、海底にとどまってます。

そのようなことが報道などで取り上げられているのでしょうか?
復興という言葉がおそらく2年が過ぎ、テレビやマスコミで、食べて応援!○○が再開!プレハブで商店街がにぎわっているなどいろんな言葉が踊りだすのでしょう。
その周りでは、まだまだ3.11の津波が起きたままの状態の小学校や建物や基礎だけの街並みとかあるのです。
切り取った画面には映らないことが実際たくさんの出来事が起こっているのです。

瓦礫も、移動しただけで山積みのとこもあります。片付いた瓦礫は、まだ46パーセントだそうです。

そのようなことで、野田元首相は、1か月もたたないうちに収束宣言とかいってましたね。

これで収束という言葉が言えるのでしょうか?

便利、効率、経済優先の情報がいろいろある中で、自分自身で選択し、ハートで感じ、行動する力が問われているのだと思います。
3.11直後、ライフラインが絶たれ、日本中の人が、支えあい、このままの暮らしでは未来は?と暮らしを見つめ、無私利他の気持ちになり過ごしていたかと思います。

また、日本のあちこちで震度が比較的大きい地震が断続的に来ていることもあります。
地面の温度が妙に高かったり、雪がどっさり降っていることもあります。
天気をみても、ちょっとおかしいなと思うことありませんか?

忘れてはならないと思います。
そういう大地の上に私たちは活かされているんです。
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人がどういう方向にすすんでいくのか、もう考えようではありませんか?

私たちチームやんじーは、今後このようなビジョンをもって行動しています。

被災地での直接物資支援、心のケアに合わせて、手紙でのやりとりなどハートでの交流を深めています。
私たちの出来うる範囲で、小規模にローカルな村つくりをすすめていきます。
費用などないので、廃材など集めて、こつこつと。
東北被災地で出逢った縁あった人たちが、北海道に来やすくなるように。
災害はどこにいても起こりうること、防災意識、地域力個人力が試される場面であることを伝えていくこと。
昔の人の暮らしの知恵に耳を傾け、取り入れながら未来型のライフスタイル、コミュニティを築いていくこと。
地球家族、地球市民をモットーにあらゆるいのちのつながりを感じ、共存しあうこと。
マスコミでは伝わりきれない被災地の現状を伝えていくこと。
自分たちが食べるものは自分たちでなるべく作る畑作り、保存食つくり。
被災地で縁あって私たちが気になっている人も、1週間でもこちらに来て、うさと服の販売など一緒に活動する。
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私たちの構想はきっと費用もかかってくるのかもしれません。
でも行動していくしかないのだと思ってます。

あやの里あやの森は、暮らしそのものを築づいて、みなで食を共にする場所です。そして、私たちの意向趣旨にあった発信をしていきたいと思っています。なので、貸しイベント、貸し音楽会場ではありませんのでご了承ください。

詳しくはあやの里あやの森プロジェクト(http://mouth-mountain.greenwebs.net/ayanosato-project)をご覧ください。

私自身は、3.11の出来事は、まったくいろんなことが視えてきた出来事でした。
自然と人との関係を見つめてきた私にとっては、人がどういう立ち位置でいるのか問われているのだと思います。

あなたは、忘れた風を装って、無関心のままでいられますか?
この大地に住んでいる以上、無関心のまま素通りはできないと思うのですが。。

一人一人が、1日1日を大切に。遠くにいる人の想いを馳せ、近くにいる人やあらゆるいのちと仲良く、未来にバトンタッチしていくためには、今の自分の行動は?過ごし方は?
今一度、考えてみようではありませんか?

今後とも、チームやんじーの応援支援のほどよろしくお願いします。

あやの里にて 2013.3.6  山口由里(アグネス)

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